パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムにセミトラックで出場する人気ドライバー、マイク・ライアン。本業はハリウッド映画やTVショーのスタントドライバーを務め、ターミネーターIIやワイルド・スピード ユーロ・ミッションのカーチェイスなどトラックスタントの名シーンでドライブを務めたのは他でもなく彼である。そんなマイク・ライアンにモータースポーツの魅力を聞いた。

ーー クルマに興味をもったきっかけは?

8歳くらいからゴーカートやバイクを乗り回していたんだ。走るだけでなくバラしては組み立てて遊んでいた。その時いろいろな事を学び、本当に乗り物が大好きになったんだ。

ーー モータースポーツとの出会いは?

モータースポーツに引き寄せられたのはおそらく父の影響だろうね。彼は本当にモータースポーツが好きだった。週末となればナスカーやインディカーなどの中継をラジオで聞いていた。デイトナ500やインディ500、そしてパイクスピーク・ヒルクライムの中継は父と一緒に聞いて盛り上がったものだよ。そしてプロドライバーに興味をもち、クルマを運転する仕事につきたくなった。そんな経緯でスタントドライバーという道を選んだんだ。

ーー スタントドライバーとしてのキャリアについて教えて

10代の時にテネシーで政府の仕事をしていた父を手伝っていたんだ。広大な敷地だったのでいろいろなものを運ぶ仕事さ。トラクターから巨大なトラックまでここでいろいろなクルマの運転を学んだ。その後、カリフォルニアに移り18歳でスタントの仕事についたんだけど、意外にもトラックを運転できるドライバーは少なかったんだ。そこからトラックを運転できるスタントドライバーとして仕事が来るようになった。ターミネーターIIをはじめ、これまでに500本を超える映画やTVショー、コマーシャルでカースタントをやってきた。

ーー なぜトラックでモータースポーツの世界に飛び込んだの?

さっきも話したけど、子供の頃に大好きだったレースイベントのひとつがパイクスピークだった。1995年か1996年だったと思うけど、90年代頭にこのイベントにセミトラックで出場していた選手の兄弟が僕のところにきてトラックで出場して欲しいと頼まれたんだ。自分自身トラックのカースタントをしているから、セルフプロモーションになるし、僕の活躍でトラック業界が盛り上がれば最高のことだと思ったんだ。そして1997年にセミトラックでパイクスピークに出場した。そこから全てが変わったね。多くのスポンサーが付き、世界中から注目を集めるようになった。僕の乗るセミトラックもモディファイを重ね、どんどんパワーアップしていったんだ。

ーー 排気量1万4000cc、最高出力2400馬力、車両重量4.5t。どれをとってもケタ外れのモンスター・セミトラックがアクセル全開で山を登っていく姿はものすごい迫力ですね。

確かにすごいマシンだよ。このマシンのポテンシャルをもっと見てもらいたくて、自ら動画を作りYouTubeで公開したんだ。これも多くの人に見てもらえたよ。でも、これが今年のパイクスではトラブルの原因になってしまったんだ。動画の最後でこのトラックでジャンプをするシーンがあるんだ。このジャンプの着地で足回りにダメージを受けていたのに気がつかなかったんだ。そして今年、パイクスにマシンを持ち込み、いざ走り始めた時だよ、左コーナーでステアリングを左に切っても全く曲がらずそのまままっすぐ崖に落ちてしまったんだ。当然マシンは大破し、そこで今年のレースは終わり。でも多くのファンが僕の走りを見に来てくれていたので、急遽バイクでエントリーしたんだ。といっても普段乗ってるトライアンフのツーリングバイクでね。決勝日は四輪のレーシングスーツに四輪のヘルメットを着た男が、ツーリングバイクでパイクスを駆け抜けた。初めてのバイクレースだよ(笑)。みんな喜んでくれたけど、僕はすごく怖かった(笑)。

ーーーマシンは直せそう?パイクスピークへの挑戦はまだ続くの?

ありがたいことにすでにスポンサーが修復資金を用意してくれている。しっかり元通りに直してまた来年のパイクスピークでその走りを見てもらいたいと思っているよ。トラックでモータースポーツというと意外かもしれないけど、僕以外にもセミトラックで真剣にレースしている連中がいる。いろいろなモータースポーツに注目してもらえたら嬉しいね。

text=KURUMAG.
photo=Yujiro Otsuki

※KURUMAG 4号(2014年9月16日発行)に掲載したものを再編集したものです